BAD PARTY「そんな気持ちはもう残っていないと思っていた」2



  2

(やれやれ・・・)

 シンナは夜の通りを歩きながらため息をついた。思えばあの酒場がケチのつき始めだったのだ。宿は満室。買い物に出れば買い忘れで一度行った店を行ったり来たりする始末。彼は普段自分の情緒に合わせて行動を決定したり根拠の無いジンクスに従う事をしたりはしなかったが、今日ばかりはもう何もせずにおとなしくしていた方が良さそうだった。

(・・・裏通りか)

 気が付けば店の並ぶ賑やかな通りから外れて歩いていた。余計な事を考えながら歩いているものだから、今まで気が付かなかったのだ。

 すぐに向きを変えて戻ろうとしたシンナの前に、一つの人影が見えた。

「なあ、あんたマジックギルドに依頼されて盗賊団から宝を奪い返した人だろ?」

 人影――男は言った。特に危険な感じはしない。攻撃を仕掛けてくる様子は無いようだが、暗くて姿はよく見えない。シンナは警戒を解かずに返した。

「私はお前など知らない」

 男は肩をすくめる。

「まあそうツレないこと言うなよ」

「――!!」

 ガッ!

 背後に気配を感じて振り向こうとしたシンナの側頭部に重たい打撃が加えられ、吹き飛んだシンナは路地の壁に体を打ちつけた。

 すぐに立ち上がろうとするが割れるように頭が痛い。視界がぐらぐらとして体勢を崩してしまう。

「ゲボッ――」

 そのまま胃の中身を路上にぶちまけてしまった。しかし口の中に残る不快な味と匂いのおかげで、意識は失わずに済んだ。顔を上げて自分を打ち据えた人物の顔を見る。今度は見覚えがあった。――盗賊団の首領である。

 サジル盗賊団という――その盗賊団の首領サジル三世は、抜きん出た能力もカリスマも持ってはいなかった。彼は奸計でボスになった男である。先代のボスに取り入り、ライバルを蹴落として首領の座を手に入れた。彼よりも剣技に長けた者、カギ開けの達者な者、統率力に優れた者はいた。しかし、女を使い、罠にはめ、ある者は死に、ある者は失脚した。なんとしてでも彼は首領の座が欲しかったのである。彼にとってそれが唯一無二の目的だった。先代のサジル二世に拾われ、その姿を見て育ち、その意志を自分が継ぐことこそが、彼の生きる意味となっていた。例えそれが団の崩壊スレスレまで首領への信頼を失う事になったとしても。

 そこへ今回の不始末である。団員達はこぞって首領の陰口を叩く。なにしろ団で唯一アジトへの侵入者を発見しながらいとも簡単に倒され盗品を奪い返されてしまったのだ。この憎き侵入者だけは許すことはできなかった。だから、こうして自ら、報復のために街までやって来たのだ。

(盗賊団・・・流石に、気配を消す事に関しては一流か・・・)

 迂闊だった。やはり今日は星の巡りが悪いのだろうかなどと考え、慌てて首を振る。既に初めの男(当然グルである)が後ろに立っている。挟まれた。魔法を使う事は既に相手に知れているし、もう油断する事は無いだろう。殴られたダメージも未だ回復しない。相変わらず世界は揺れている。

「待って、待ってください!」

 その時、路地裏に甲高い叫び声が響いて二人の人物が駆けて来た。

 酒場で会った二人であった。

「時間をやるから消えろ」

 背の高い男――ルゥザと呼ばれていた事をシンナは今思い出した――が二人の盗賊を一瞥して言った。盗賊は何を言われたのか理解できずに顔を見合わせたが、初めにシンナに声をかけた方が一歩前に出た。

「なんだあ?おま――」

 盗賊は、ルゥザの繰り出した蹴りをまともに胸に受けて、最後まで言葉を紡ぐことなく宙に舞った。その距離は蹴りを繰り出した本人以外にとっては驚くべきものだった。哀れな盗賊は、路地に積まれた木箱の山に派手な音を立てて突っ込んだ。

「消えろっつっただろうが」

「ひ、ひええええっ」

 首領は部下を見捨てて一目散に逃げ出した。二人がかりで、しかも不意打ちならば魔術士一人片付けることはたやすいはずだった。簡単に殺しては大恥をかかされた自分の気持ちが収まらないので、まず気絶させて捕らえるつもりだった。その後自由に料理するつもりだった。一撃目はわずかに外された。しかしダメージが残っていたので問題無い筈だった。だが。いまや形勢逆転であった。何一つリスクの無い筈が、どうして失敗したのか、彼は悪態をつき計画を反芻しながら駆けた。盗賊団がもう自分を受け入れるはずも無いこともわからずに。

   

「だ、大丈夫ですか・・・?」

 少年が、立ち上がろうとするシンナに駆け寄る。

「近寄るな!」

「ひっ!?」

 シンナは、攻撃魔法を発動できる体勢をとって少年をさがらせた。

「そんなにアレが欲しいのか・・・」

「えっ?」

 少年が驚いた顔をする。何でそんな事言うの?とでも言いたげに。見え透いた演技だ。何を今更取り繕う必要がある。

「私から奪う機会を伺っていたのだろう・・・?『追憶の輝き』を。残念だったな、もう油断はしない」

「そ、そんなんじゃないです!僕達はただ・・・」

「だから言ってるだろ。まともに相手するだけ無駄なんだよ。・・・お望み通り奪ってやろうじゃねえか」

「もう油断は無いと言っている!」

 シンナは再び構える。まだふらついてはいるが魔法を使う事ぐらいはできる。それに今度は挟まれてもいない。位置的にも絶対不利とはいえない。

「だからどうした?」

 ルゥザが自身ありげに口の端を上げる。見くびっているのか、それとも本当に自分の強さに自信があるのか。

「あ、あの!すみませんでした、僕達、今日はもう帰りますから!魔法使いさんも怪我してるから、無理しないで安静にして下さいね!」

 一触即発の二人の間に、少年が割って入る。そして強引に、ルゥザの腕を引いて連れ去ってしまう。

 シンナは、いつまでもその意図がわからずその場に取り残されたまま突っ立っていた。

 3 

 今日もシンナは歩いていた。どこにも寄らずに街の門まで来る。そして、荷物も持っていないのに町の外へと出てしまった。少し歩いただけで風景が荒涼としたものに変わる。もともとこの地域は土地が貧しく、街は商工業で栄えているのであった。

 そうしてふと立ち止まり、振り向く。その視線の先には、ルゥザが一人で立っていた。

「やはり来たか」

「用件だけ言う。『追憶の輝き』が欲しい」

「それは知っている。私がおとなしく渡すつもりが無いことは、そちらも知っているはずだが」

「俺はあいつと違って手段は選ばない。そしてついでに言えば、個人的にオマエが気に食わない」

 バサッ!

 シンナは間合いを離してマントを翻し、戦闘体勢をとる。こうなることは予想がついていた。だから、闘いやすいようにわざわざ街の外にまで出てきたのだ。すぐさま呪文の詠唱に入る。

 呪文は、人間が世界に干渉し制御するために使われるものである。それは例えば自然の力や物理現象、魔法生物の使役などである。あらかじめ定められた命令によって、決まった反応を得ることができる。その形は多様で、体系化されているものから使用者が世界に一人しか存在しない特殊なものもある。しかし、世界中に発展・分布しているにも関わらず、その正確な起源は未だ明らかにはなっていない。

(あの額あては・・・)

 ルゥザの額に巻かれたそれは、人間の生命力を変換し、治療や身体能力の向上に利用する術を研究する一団が使っているものだった。その組織というのは、禁欲的で閉鎖的な集団生活を送りながら、体術と治療術の訓練を行う世間には知られないはずのものだった。が、シンナには高名な術者はもちろん、世界中の魔法研究組織、その他関連施設の知識があった。

 ルゥザはシンナの考えたとおり遠距離攻撃用の魔法は持たないと見え、武器を構えたままシンナに向かって突進してくる。

(杖など魔法でへし折ってくれる!)

 詠唱を終えたシンナが右手を前方に構える。その周囲だけに不自然な空気の流が生まれシンナのマントを揺らす。

「ロック・ビュレット!」

 シンナの唱えたキーワードに反応して、地中から、いや、大地自体がめくれあがり、岩の礫となってルゥザに向かって一斉に飛んでゆく。



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