BAD PARTY「ワースト・ファースト・インプレッション」1


 ――様々な人と、人ならざるものの生きる大地「トリトスカイノ」。空にはただ一つの太陽「エリオ」と、ふたつの月「フオビア」と「ダイモニア」が浮かぶ。

 人は鉄を打って武器を作り、己に無い力を借りる魔法と言う秘術を編み出したが、それでもまだ全ての命あるものの覇と言うには程遠かった。高く頑丈な壁に囲まれた内側だけが人間の王国であり、外に出れば自然の脅威と野生の恐怖があった。それでも人間は豊富で雑多な種族のひとつだった。

 その大地の片隅の、特に大きくも無くかといって特に小さいというほどでもない町で、二人は出会った。

  1 

 人通りの多い道を疾走する人影が一つ。

「おおっとあぶねぃ」

「ごごごごごごめんなさいっ!」

 ぶつかりかけた男が声を出しながらひらりとよける。直後に大声で謝りだす相手に、怒り出す前に面食らってしまう。

「ごめんなさい、ごめんなさい・・・」

 更に何度もぺこぺこと頭を下げながら謝るので、男も「気にすんな」と声をかけ、そこで彼はくるりと向きを変えて再び走り出す。背中の荷が、走るたびに揺れる。

 しかしなぜだか、あたりをキョロキョロと、何か探すようにしながら走るものだから途端にまた人にぶつかりそうになってしまう。

「きゃっ!」

「すすすすみません!大丈夫ですか?ごめんなさい、ごめんなさい・・・」

 その人物は少年であった。さっきから眉を八の字にしているためにその顔つきは頼りなく、そして幼い。走る動きに合わせて細い金の髪と腰帯がひらひらと舞い、そして肩の荷がゆれる。露出した腕や足はか細く白い。

 少年はついにひとつの看板を目にして、その建物の中へと飛び込んだ。看板にはボトルとベッドの絵が刻まれている。酒場兼宿屋だった。店へ入ると、カウンターへ飛びつき、中の中年女性へと何事か問うた。女性は苦笑しながら店の奥を指差し、少年はカウンターに頭を擦りつけるほどにして礼を述べ、指された方へと向かった。しかし。

 ドシン。「きぅっ!」

 不意に進路がさえぎられる。少年は遮蔽物にぶつかってあえなく弾き飛ばされてしまう。

「おうっ、痛ぇ〜じゃねえかコノヤロウ」

 彼の前には二人の男が立ちはだかっていた。

「ご・・・ごめんなさい・・・」

 この日何回目の「ごめんなさい」だったろうか。少年はまたまた謝ってから、そろそろと二人の横を通り抜けようとする。

「オイ待てや、おもいきりブチ当たっといてそれだけかよ?オレぁ相当頭にキてんだぜ?」

 ガラの悪い男が少年の腕をつかんで引き止める。硬い毛に覆われた太い指が細い腕に食い込んで、少年は顔を歪ませた。

「ごめ、ごめんなさい・・・お願いです、許してください・・・じゃないとボクもぉ・・・」

「まあ、待てよ。なあ兄ちゃん、コイツはなあ、一度頭に血が上るとそりゃあ手のつけらんねえぐらい暴れて、暴れて、暴れまくんなきゃ止まんねえんだけどよ」

 凄みをきかせている男の横でニタニタしていた、ヒョロリとした手足の長い男が口を挟んでくる。少年は顔を白くして男を見上げる。二人の男は同様に顔が赤く、吐く息にはむせるような酒気を含んでいた。

「だけどよう、酒さえ飲ませればコイツも、キゲン直して丸く収まるかも知れねえ」

 なんのことはない、二人は、言いがかりをつけてタカろうとしているのだ。この少年に。

「ああぁ・・・でも・・・今オカネあんまり持ってなくて・・・」

 少年は足をもじもじさせながら、体は男達から離れよう離れようとしているのだががっしり腕をつかまれ逃げだせないでいる。

「あああん!?」

「イヤ俺もな?どうしても酒代出せって言ってるんじゃねえが、他にコイツの止め方知らなくてよ」

 少年を捕まえている男は更にすごい剣幕で睨みつけ、哀れな少年の顔はもう紙のように真っ白で唇はわなわなとふるえ、目には涙があふれんばかりである。いつのまにか少年は廊下の突き当たりに追い詰められていて、賑やかなホールの声ははるか遠く、誰一人として気づいてくれるものはいない。絶体絶命であった。

「ひ・・・あ・・・」

 少年の中では、今にも堰が切れて何かが溢れ出しそうになっている。

バタァン!「ヒィ!?」「!」「!」

「人が用足ししてる時に便所の前でガタガタうるせえんだよ!」

 突然開いた扉の中から、不機嫌な顔をした長身の男が現れた。バンダナとグローブ以外にはこれといった装飾も無い機能的な服装の男。上衣は袖のないシャツで、逞しい腕を露わにしている。

「・・・あ?」

 シュワ、シュワワワ〜〜・・・

 大きな音を立てて開き少年の背中を打ちつけたドアは、同時にギリギリまで張りつめれた緊張の糸を断ち切り、ずっと堪えていたものを放出させてしまった。

 少年の内股を

 伝って流れる液体が床を濡らしていく。

 少年は、失禁してしまっていた。

「ぎゃはははは!オイ、なんか臭うぞ?」

「ぎゃはははは!おもらしってか、コイツは傑作だ!」

 二人組みは少年を指さし、腹を抱えて大笑いする。少年はもはや涙を堪える事もなく、今は真っ赤になった顔を伝って大粒の涙がボロボロと流れる。騒ぎを聞きつけた者が何事かとホールから集まってくる。長身の男はうんざりした表情でその場から立ち去ってしまった。

「オイオイ、ここじゃあ飯食ってる奴だっているんだぜ?滅多なことするもんじゃねえよ、ぎゃはははは!」

「うぅう・・・うぇえ・・・」

 少年は何か訴えようとするが、声にはならず、いくつもの視線と二人組の野次に耐えられず、消え入りそうな声で泣くばかりだった。

「早くなんとかしろよ?このままじゃ店じゅう、ガキのションベン臭くなっちまうぜ、ぎゃはははは!」

「邪魔だ」

「あぁん?」

 二人組が笑いにひきつった顔のまま振り向くと、先ほどの長身の男が立っていた。

「邪魔だ。どけ」

 長身の男は二人組を押しのけて少年に歩みより、畳まれた布を投げて渡した。そして、少年が呆然とする間に自分は別の布切れで汚れた床を拭きだした。

「おいおい・・・汚ねえぜ・・・」

「あん?」

「ひっ・・・!」

 更にはやしたてようとした二人組だったが、長身の男に睨まれて黙り込む。

「裏口から出た中庭に井戸があるから、洗って来い」

 突っ立ったままの少年だったが、声をかけられて我に返り走っていった。程なく店の女将が現れその場を引き受け、野次馬たちも席へと戻っていった。

  2 

 ジャブジャブ・・・スパッツと下着を洗い終え井戸のヘリに干す。しかし日の光をあて続けたところで今日中に乾くとは思えなかった。太陽はとうに天頂を通過しどんどんと沈み始めていた。ただ不幸中の幸いで上衣までは濡れなかった。そうでなければ今ごろ着るものが無くなっていたところだ。背中の荷は井戸に立てかけてある。その中に、着替えるものは無い。

「グスン・・・この歳になっておしっこ漏らしちゃうなんて・・・」

 もう恥ずかしい事も惨めな事も慣れっこだと思っていた。辛い事も苦しい事も。だけどこうしてまた、涙を流している。心があるから。今の、自分には。

 ザッ・・・。足音がして振り向くと、先ほどの長身の男だった。井戸まで進んできて、桶の水で手を洗う。

「あの・・・すみませんっ、汚れちゃって・・・」

 男からジロリと視線を向けられ、少年は恐ろしくなり後じさる。

「俺に謝るんじゃねえよ。俺と、あの馬鹿どものせいでお前は漏らしたんだろうが」

「え・・・す、すみません・・・」

再びジロリと睨まれ、少年は縮こまる。

「どうして・・・」

「は、はい?なんですか?」

 男が井戸の方に視線を落としたまま呟いた言葉が聞き取れなくて、少年は慌てて聞き返した。

「なんでもねえ・・・。それより、いつまでそんな格好でうろつくつもりだ」

 確かに、上衣が長いために下着が無くても辛うじて隠れているが、少し風に吹かれただけで大事な部分が丸見えになってしまうというのが今の格好だ。今も現に、必死で手で押さえているのだが服が風に揺れるたびに少年の無防備な尻がチラチラと見え隠れしている。

「あの・・・でも、今オカネ無いから部屋を取ろうにも――」

「俺の部屋は元々ダブルだ。ついて来い」

(ダブルって、二人用の部屋のことだよね・・・でもなんで――)

「洗ったもんこんなとこ置いておくなよ。持って来い」

「あ・・・はい!」

 少年は疑問に思ったが、男の有無を言わさぬ口調に従うしかなかった。



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