1
街を歩くレン=ウォルトとタルナーダ。
小さな体に不釣合いなほど大きな魔法使い用の帽子かぶり杖を持った少年と、小麦色の肌を大胆に露出した間族の少女の取り合わせは少し目立つ。
「まったく、お前ちっとも進歩してないじゃないのか。少しはシャキっとしろっての」
「そんなことないよ〜。僕ちゃんとお仕事してるもん。みんなすごいって言ってくれるもん」
「お前のはそういうレベルじゃないんだよ。まったく・・・もっと男らしくしろよな。ん?あれは・・・アキラじゃないか。どうしたんだ、血相変えて」
チキュウから召喚された異界の魂アキラ。勇者候補生のミュウやタルナーダ達と行動をともにしていた彼は、最近パーティーに加わったレンとは初対面だ。
二人を紹介してやろうと前に出たタルナーダの横をすり抜け、アキラはレンのむなぐらを掴みあげた。
「おいおまえ、あそこにいたやつだろう!」
「!?」
「!!」
2
「驚いたな・・・アキラを召喚したのがレンだったなんて」
夕暮れ時、人のいなくなった噴水広場のベンチにレンとタルナーダが二人だけで座っていた。
あのとき激昂するアキラとひたすら驚くばかりのレンの間にタルナーダが割って入り、その場はことなきをえた。しかし――
「あんまり気にしすぎるなって言っただろ」
「うん・・・」
あれ以来、沈んだままのレンの表情は元に戻らない。
(ったく・・・)
不意にうつむいたままのレンの帽子が取り除かれ、タルナーダの胸に引き寄せられた。
「俺は男のくせにメソメソしたりウジウジしたりしてるのは嫌いだけどな、今ならお前が泣いてたって俺には見ないから・・・」
「タルちゃん・・・」
レンは涙をこらえるのをやめ、タルナーダにしがみついて静かに泣いた。悲しさ半分、嬉しさ半分。
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「お前が何も知らないで召喚実験をやらされていたのも事実なら、アキラが無理矢理この世界に呼び出されて、大変な目にあったっていうのも事実だろ。本当に悪いのはお前じゃないが、そのことを知って悪いと思うなら、謝るなり何なりすればいいんじゃないか。俺もついててやるからさ」
「うん・・・僕決めた!」
「え?」
「僕の力でアキラちゃんを元の世界に帰してあげるの!」
レンの目は決意に満ちて、悲しみはどこかに吹き飛んでいた。
「レン・・・お前ってやつは・・・」
「なあに?」
「いや、なんでもない。しかし『アキラちゃん』か・・・そうだな、それなら『アキラちゃん』も喜ぶと思うぜ」
「うん!ありがとうタルちゃん」
「よし、もう帰ろうぜ、遅くなるとイグリアス教官がうるさいからな。俺達にとやかく言う前にどうにかしなきゃいけない不良教師がいると思うんだけどな」
「あはっ、それってリューンエルバ先生のこと?」
泣いたカラスがもう――笑顔の戻ったレンを見て安心しながらも、自分の甘さに苦笑交じりのため息をつくタルナーダであった。
3
「あ、アキラちゃん・・・」
深夜に目が覚めてトイレに行く宿の廊下で、レンは窓から外を眺めるアキラに出くわした。
一度タルナーダと一緒に謝りに行ったレンだったが、アキラとタルナーダが喧嘩を始めてしまったこともあり、その時はすげなく追い払われてしまったのだ。
「トイレか?あの男女と一緒じゃなくて大丈夫なのかよ」
「そんなこと頼まないよ!」
レンの頬が朱に染まる。しかしそこで諦めずに、レンはアキラに謝ろうとする。
「アキラちゃん、ごめんね・・・僕、知らなくて・・・でもアキラちゃんは大変だったんだよね、いっぱい怖い目にあったんだよね?」
「だから言っただろ、お前に謝られたところでなんにも嬉しくないんだよ。それからな・・・その『アキラちゃん』ってのやめろって言ってるだろ!なめてるのか!」
アキラの手がレンの胸元に伸び、レンは壁に押し付けられる。
「でも、タルちゃんがそのままの方がいいって・・・」
「そのなんでもあの男女に頼りきってるとこが気に入らないんだよ、お前!」
アキラの手に力が加わる。
「ぐすっ、ごめんなさい・・・」
「すぐにぴーぴーぴーぴー泣きやがって。お前本当に男かよ」
「男の子だよ・・・僕、男の子だよぉ」
「だったら見せてみろよ!」
「うわあっ!」
アキラが力任せにレンの寝間着をを引き裂いた。自分の体をかばうようにうずくまるレンを押さえつけ、アキラはズボンとパンツもまとめて引き剥がした。
「なんで・・・」
「男の証がついてるかどうか確かめてやるって言ってるんだ」
全裸にされ涙目のレンの両腕を掴んで無理矢理立ち上がらせるアキラ。
「漏らしちゃったりはしてないようだな。はは・・・っ、ちっちゃくってもちゃんとついてるんだな」
「ねえ、もう放してよ・・・」
レンの泣き顔と裸体を見て、鬱屈していたアキラの心に危険な火花が生じる。
「お前、俺が許してやるって言ったらなんでもやるか?」
「えっ?・・・ええっと、僕、アキラちゃ・・・が許してくれるなら、なんでもする」
レンはまた「アキラちゃん」と言いかけて気にするようにアキラの顔を見たが、アキラはすでにそんなことは気にしていなかった。
「じゃあ、その格好のまま外へ出て、ションベンするところを俺に見せろって言ったらどうするよ」
「っ!!」
「さっきの言葉は嘘か?」
アキラはレンを苛めることに夢中になっていた。どんどん追い込まれてレンは、唇を震わせ目を泳がせ・・・しかし、なにかを決意したように顔をあげアキラの目を真正面から見つめた。
「どうした?」
「僕、約束は守るよ。アキラちゃんが言うことならなんでもするよ」
レンの真っ直ぐな瞳にアキラはたじろぐ。元々レンを精神的に追い詰めるために言い出した言葉だ。別にそんなことを本当にして欲しいわけじゃない。自分にはそんな変態趣味はない。が、ここで自分が引き下がるのも面白くない。
アキラはレンがどこまでできるかそのまま試してやろうと考える。泣いてできないと謝ってくるのを見てやろう。
「いくらなんでもこの格好のままじゃかわいそうだな」
「じゃあ・・・」
レンは少しほっとした表情を見せた。アキラはそれを確認して次の言葉を放った。
「お前、いつもかぶってる帽子があっただろう、あれをかぶってこいよ」
レンの笑顔が凍りつく。期待は一瞬で泡と消えた。そんなレンを見ることを明アキラは心底楽しいと思った。
「裸のままで?」
「そうだ。どうした、行かないのか」
「・・・行くよ・・・」
レンは裸のまま自分たちの泊まっている寝室に忍び込み本当に愛用の帽子だけをかぶって戻ってきた。
アキラは正直そのまま逃げて戻ってこないことも想定していたから、レンの誠意がかえって自分を貶めるようで苛立ちを感じた。
(まあいいさ・・・どうせすぐに泣いてすがってくるんだからな!)
宿の外に出ると、意外と月明かりが明るく、通行人がいればレンの異常な格好も一目でわかるほどであった。
改めて見ると、裸に魔導帽と靴だけという非日常的なレンの服装はかえって扇情的ですらあった。アキラは、ネバーランドに来てからしばらく感じなかった興奮をわずかに覚えた。
レンの体は男の割にはなめらかな曲線を描き、それでいて女のようなふくよかな腰などはなく注意して見れば少年らしい細さがかろうじて見て取れる。月光に照らされた肌は陶器のように美しく、後姿だけなら一見少女のようである。
「どこですればいいの・・・?」
レンはもじもじしながらしきりに辺りを気にして言った。
「あ?ああ・・・その辺でしろよ」
正直なところレンに見入っていたアキラは受け答えがおざなりになっていた。
既に、レンは決して約束を違えることはない予感がしていた。レンが泣いて絶望してくれればそれで終わりになるはずの恥辱のゲーム。ほんのうさ晴らしのつもりで始めた悪ふざけのはずだった。
しかしこのままではどこまでも果てが無い。レンははたしてどこまで・・・いや、どこまでもアキラの言葉に従おうとするだろう。
アキラはこの茶番をどう終わらせればいいのか迷っていたのである。なんのことはない、道化は自分なのだ。レンが一生懸命に約束を果たそうとするほど、アキラ自身の愚かさ醜さが明らかになるだけなのだ。アキラにもそれくらい自覚できないほど馬鹿ではない。
「こ、こんなところで!?だって、朝になれば、みんなが歩くんだよ」
「ばれやしないさ。犬みたいにやればいいんだよ」
心とは裏腹に残酷な言葉を吐き出す自分がいる。迷う自分を悟られまいと必死に隠す自分がいる。
レンはしばらく迷っていたが、長引けば長引くほど危険であることに気づくと、意を決してしゃがみこんだ。実際ずっと我慢させられていた膀胱も限界ギリギリだったのである。
女がするような格好で放尿を始めたレンを、アキラは幻でも見るように呆然と見ていた。
(早く・・・早く止まってよ・・・)
恥ずかしくて恥ずかしくてたまらないのにレンには永遠とも思えるような時が続き、とめどなく涙があふれてきた。
ようやく止まってからも、レンは立ち上がることができず泣きつくしていた。
そこで初めて罪悪感が湧き上がってきたアキラだったが、そもそも本当にやらせるつもりはなかったのだから次にどうすればいいかなど考えているはずもなく立ち尽くしてしまった。
ガチャリ。その時あろうことか宿の扉が開く音がした。
アキラは反射的にレンの手を引いて逃げ出していた。速さが出ないことに我慢できず途中でレンを抱えるように持ち替え、路地裏へと飛び込んだ。それでも安心できず、ひたすらに走り続けた。
4
「はあ、はあ、はあ・・・」
アキラは方で息をしながら、路地裏の壁にもたれかかり、そのまま腰を下ろした。
果たして宿から出てきたのは誰だったのだろうか。仲間のうちの誰かか、それとも赤の他人か。アキラ達の姿は見咎められてしまったのか。レンの格好は。
彼は己の小心ぶりに舌打ちした。レンの姿さえ隠してしまえば焦って自分まで逃げる必要など無かったのではないか。
「アキラちゃん、大丈夫?」
「クク・・・ハハハッ」
まったく、自分は一体何がしたいのだろう。急におかしさがこみ上げてきてアキラは腹を抱えて笑い出す。
傍らによりそうレンはなにがなんだかわからずきょとんとしている。
自然と手が伸びて、アキラはそのレンの体を引き寄せた。
「あっ・・・」
なすすべも無く引き寄せられて、レンの体はアキラに馬乗りになる形で密着する。アキラの目の前にはレンの薄い胸板と、二つの小さなピンク色の突起が見える。
アキラはその突起のひとつに吸い付いた。
「あっ、ダメ!アキラちゃん・・・」
「ははっ、なんだ、感じるのか?やっぱり女みたいだな」
「違・・・うっ、くすぐったいのぉ」
レンはいやいやと首を振り抵抗しようとするが力でアキラにかなうはずもない。アキラは笑いながら胸をしゃぶり続ける。
「ふんぅ〜〜っ、はっ、ひやぁっ」
ひとしきり暴れても効果が無く、レンはされるがままに、壁に手をついてアキラの責めを堪えていた。
最初は否定していたがなんらかの性感があるらしく、徐々に息は荒くなり、声には艶が含まれてくる。
「はっ、はっ・・・アキラちゃん?」
不意に、乳首にくわえられていた刺激が止まり、アキラの笑い声も聞こえなくなっている。レンはアキラの表情を窺ってみようとした。しかし、アキラはレンの隆起の無い胸に顔をうずめ表情が見えない。
「冷たっ!」
実際にはそれほど冷たいわけではなかったが、レンの胸の上を流れ落ちる液体の感触に、レンは体をこわばらせた。
「アキラちゃん・・・」
アキラは、涙を流していたのである。体を震わせ、声も無く泣いていたのである。レンとタルナーダの前では「涙だって出やしない」と言っていたアキラが。
レンは急に、自分の胸がきゅうんと切なくなり、同時に温かなもので満たされた気がした。泣きたくても泣けなかったアキラの辛さをようやく理解できた気がして、涙がこみ上げてきた。レンは両の腕で、アキラの頭をやさしく抱え込んだ。
「ごめんね、アキラちゃんごめんね・・・」
今はそれしか言うことができなかった。しかしそれで充分だった。
言葉以上に、レンの体温が、抱きしめる腕の優しさがアキラに伝わっているはずであった。
「悪かった、レン・・・」
ひとしきり泣いた後、アキラは恥ずかしいところを見せた気まずさから、レンと目を合わせないようにして謝った。
しかしそんなこともレンには不快ではなかった。今はそんなことでさえいっそうアキラに親しみを感じるのであった。
レンは、親愛の情を込めてアキラの唇にキスをした。
かつて読んだ魔法の本に「キスには魔力が宿る」という内容があった気がする。
ならば、自分のキスがこの人に祝福を与えんことを。
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東の空が白み始める。
アキラの上着を着せられたレンと、レンを後ろから抱きしめたアキラ。
二人は目を瞑ったまま、お互いの体温と呼吸だけを感じていた。
この後二人がどうやって宿に戻ろうかと青くなったのも、あの晩宿を出てきたのが誰だったのかも、それはまた別の話。
さらに後、ミュウ達とともに天魔王を倒したアキラが再び一人で旅立ったのも、やはりまた別の話。
今はただ、愛すべき二人を静かに見守るのが、この世界、『ネバーランド』。